2017年5月5日金曜日

「なぜ、こんなに馬鹿が増えたのか」を読んで

永江氏のブログ記事「なぜ、こんなに馬鹿が増えたのか」を拝見いたしまして、常々感じていたことを単準明快に説明され、とてもスッキリいたしました。詳細は引用ブログ記事を読んでいただくとして、とくに納得できた2点について本ブログにて言及したいと思います。

まず、『バカの定義』になります。引用ブログ記事においては、次の通りに定義されています。
馬鹿な思考の特徴は「速い思考」で、これは原始時代に身に付けたものです。野生動物に襲われたら直感で対応しないといけない。「直感的に信じることだけを信じる」という、放射脳、反ワクチン、水素水、酵素信者、ホメオパシーなどに共通する思考です。現代の日本では社会に出ていない(専業主婦とか学生とか)女性に多そうな感じ。この人たちは「分析や想像の必要な遅い思考」が苦手なので、「自分が正しいと感じたことだけが正しい」と信じます。
これにたいし、文明というものができてからは、分析や確認を経た上で結論づけるという「遅い思考」、つまり熟考が必要になってきた。理論的な思考なのであるが、これができないのが馬鹿ということになる。もちろんどんな利口な人間も直感で判断する時はあり、その結果、不幸な結婚や就職をしたりする。つまりどんな人間にも馬鹿な部分はあるわけです。 
きわめて分かりやすい解釈です。筆者としては、バカな人は「ちょっと考えたら分かるでしょ?しかし、それが分からない人間」と考えていました。筆者の定義をより具体的かつ明確に定義が与えられていまして、大変納得いたしました。

次に、『バカの可視化』についてです。引用ブログにおいては、次の通りに説明されています。
どんな親に育てられてるのか知らんが、この年代からすでに社会の底辺でうごめいて生きていくんだろうな・・・。つまり「馬鹿が増えた」のではなくて「馬鹿が可視化されるようになった」だけなんだと思います。
いつの時代であっても、社会の底辺といわれる階層の人たちはいたわけですし、バカに分類される人たちもいました。しかし、ここ最近、バカが増えたと感じられることが多くなった背景としまして、単にバカが可視化されただけだという点は目から鱗が落ちました。ひと昔前までは、インターネットを介してメッセージをやりとりできる人たちは、ある一定以上のリテラシーを保有する知識層であったことは間違いないです。そのような知識や設備がなければ、インターネットの利用はできなかったかと思います。

一方で、今は猫も杓子もスマートホンを持っていて、何の知識なくインターネットにアクセスすることができます。そればかりか、インターネットを介したコミュニケーション手段も簡単にできるようになりまして、スマートホンの先がどのような仕組みでつながっているかさえ意識されることはないかと思います。このような時代がくることによりまして、将来の無線通信サービスは非知識層に対してどのようなモノを提供できるのかが鍵になるのではないかと感じています。

余談になりますが工学部の大学生でさえ、すべての端末がインターネットにつながっていることが前提だと思っているようです。どういうことかといえば、ノート型パソコンを与えると、学生さんは「なぜ、インターネットにつながらないのか?」と疑問を持ちます。筆者は「それは、インターネットに接続していないからでは?」と回答すると、「え?なんで、インターネットにつながっていないの?」と自身のスマホと同じ感覚で物事を言います。これに危機感を感じたうちの研究室では、学生さんが利用するすべてのパソコンは有線LANを介してインターネットに接続することにしています。

ほかの先生から、「無線通信の研究室なのに、なぜ、無線LANではないのですか?」と極めてまっとうな質問がされることがあります。それに対して、先のような事例を挙げまして、インタネットに接続するという感覚を自分自身の手で覚えさせる意味でも教育的かと感じます。やはり、自分自身の手を動かしてみなければ分からないことは多々あるようで、とても重要なことかと思います。